2025年トランプ大統領の関税ショック:市場・政治への影響
私事ですが、9年にわたりひっそりと引き受けてきたレポート納品という名の投資顧問のアドバイザ職を引退しました。これまで複数社引き受けてきましたが、最後の1社も年度末で一区切りとなりました。これにて完全にフリーとなります。
やや余力が生じましたので、珍しく無料ブログで時事的なまとめをします。今回はトランプ大統領の関税ショックです。マーケットも当初より落ち着き、良いタイミングでしょう。
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さて、2025年4月2日、トランプ大統領はホワイトハウスで「アメリカファースト」を掲げ大規模な関税政策を電撃的に発表しました。多くの方が実際に実行に移すとは思っていなかったのではないでしょうか。
中国からの輸入品に対し最大34%の追加関税(従来分と合わせ実質54%相当)、EUに20%、日本にも24%の高関税を課す内容で、主要貿易相手国ほぼ全てに一律10%の包括関税を導入するという前例のない措置でした。
発表直後から「貿易戦争」への懸念が世界中で高まり、マーケットは動揺、もともと高いボラティリティがさらに高まりましたね。
4つの視点から見る関税ショックの影響
4つの視点で整理してみます。
1. 米国株式市場への影響(主要指数・セクター別反応、ボラティリティ)
主要指数の急落:
関税ショックにより即日株価は急落しました。
ダウ平均は前日比約4%安と2020年以来の下げ幅を記録、S&P500指数も約5%の下落、ナスダック総合指数に至っては約6%安とコロナパンデミック時以来の大幅安でした。株式市場のボラティリティは急上昇し、投資家心理は一気にリスクオフに傾いたことになります。
セクター別の明暗:
グローバル展開比率の高い米企業ほど打撃を受けました。
たとえばナイキ株は14%急落、アップルも9%の下落をしました。テクノロジーや自動車など対中生産への依存度が高いセクターが軒並み売られた格好です。一方で防衛・インフラ関連など内需型セクターは比較的下げ幅が小さく、資金の逃避先となる動きも見られました。セクターごとの明暗は、コロナショックの時にも見られた通りです。
世界株式への波及:
この株価急落は米国だけでなく世界市場にも波及しています。日経平均は5年来最大の週間下落率を記録、特に金利引き上げで期待されていたメガバンク株の下げが顕著でした。
今年比較的堅調だった欧州株式指数も関税報道を受けて急落しています。各国とも年初来上昇分を縮小する動きとなりました。世界的な株安連鎖により主要市場の時価総額が数日で数兆ドル規模で吹き飛び、「関税ショック」は各国投資家にリスク管理の再考を迫った格好となりました。
特に、2023年、2024年と世界的に株価が好調だったため過度にリスクを取っていた投資家には手痛い一撃となりました。
2. 為替市場への影響(ドル円、人民元、ユーロなどの関係)
ドル安と安全通貨高:
関税発表後、米ドルは主要通貨に対して軟調となりました。ドルインデックスは3年ぶりの低水準となる98近辺まで急落しました。一方、日本円が買われ、ドル円相場はリスク回避の動きで急落しました。
安全資産の円とは言われてきましたが、久々にそのように機能したと言えます。とはいえ、この数年の行き過ぎた円安が背景にあったことも考慮してよいでしょう。この急激な円高により輸出企業への逆風が意識される一方で、円は久々に存在感を示しました。
もっとも、以前のような80円-120円のレンジに戻る可能性は低いでしょう。当面の底は進んでも130円と見ますがどうでしょうか。
ユーロ、人民元とその他通貨:
ユーロもこの関税ショックの影響で乱高下しています。発表直後は欧州経済への打撃懸念から対ドルで一時ユーロ安が進みました。しかし、他通貨同様に米ドル自体の下落基調もあってその後持ち直、ボラの大きな不安定な値動きとなっています。
中国人民元も大きく値を崩しています。一時、2007年以来約17年ぶりの安値水準となりました。
新興国通貨もリスクオフで売られる一方、スイスフランなど伝統的な避難通貨には資金流入が観測され、為替市場全体でボラティリティが上昇しました。
経済危機時にスイスフラン、円に資金流入するという、少し懐かしささえ覚える為替動向が確認されました。
3. 政治的文脈や対応
トランプ政権(共和党)の主張:
トランプ大統領は今回の関税措置を「不公正な貿易慣行の是正と雇用奪還のための交渉手段」としています。
政権幹部からは「米製造業の安全保障確保が目的であり、短期的な痛みより長期的な利益を重視すべき」との声も出ており、共和党内では概ね強硬な通商政策を支持する姿勢です。
特にトランプ氏の支持基盤である労働者層からは、中国などとの貿易戦争も辞さない断固とした態度への支持が根強く、関税強化は公約履行との声もあり、マーケットの反応とは違ったものになっています。
民主党の反応と議会対応:
これに対し民主党は「実質的な増税」による消費者負担増を強く批判しています。民主党指導部は関税がインフレ再燃や景気後退を招き、平均的な米国世帯の負担を数千ドル単位で押し上げる可能性を指摘しています。
議会公聴会などを通じて政策の影響精査や是正を求める構えで、議会では超党派で大統領の関税権限を制限する法案の動きも取り沙汰されています。
もっとも、与党・共和党内でも農業州選出議員を中心に輸出産業への報復被害を懸念する声が上がっており、世論も賛否が割れています。
強硬姿勢を評価する層が一定数いる一方で、多くの消費者、企業から不安の声も聞かれます。国際機関からも懸念が相次ぎ、IMFなどは「この関税は緩慢な成長局面にある世界経済への重大な下振れリスクとなる」と異例の警告を発しています。
すでにアメリカは製造業よりも非製造業のほうが強い国です。しかし、トランプ大統領の支持基盤はいわゆるオールドエコノミーの労働者が多く、製造業従事者を無視できません。これに対し、今の米国の躍進を支えるハイテク企業労働者は民主党支持者が多く、ここに分断を認めることができます。
また、強大化する中国リスクが意識され、国防の観点からもけん制しておきたいという思惑も見えます。いずれにしても、2018年の米中貿易摩擦の発展版とも言え、政権に影響の少ない大統領選挙後であることを考えると、思い付きではなくそれなりの計画性があった実行と言えそうです。
つまり、今後も同じような文脈で経済戦争ともいうべき摩擦は起きると思っておいたほうが良いでしょう。
4. ビットコイン・金などリスクヘッジ資産への資金流入と価格変動
金価格の急騰:
関税ショックとドル安を背景に、安全資産である金には買いが殺到しました。金相場は2025年4月中旬にかけて史上初めて1トロイオンス=3400ドル台に突入し、過去最高値を更新しています。
これはコロナ禍以前から見ると約2倍の水準であり、市場の不安心理がいかに高まったかを物語っていると言ってよいでしょう。投資家は政治・経済の不確実性が高まる中で、実物資産である金をポートフォリオを積極的に組み入れています。
従前インフレにキャッチアップする程度だった資産が、昨今ではS&P500のリターンに肩を並べるまでになっています。
ビットコインの台頭:
暗号資産の代表格であるビットコイン(BTC)も「デジタル金」としての地位を確立しました。
従来リスク資産とみなされていた暗号資産ですが、この局面では金と足並みを揃えて上昇する動きを見せており、従来の金融市場と異なる値動きで分散投資先となった可能性を示した形です。
市場動揺に伴い投資マネーが株式やドルから暗号資産や金へとシフトする状況は、投資家が伝統的・新興両面のヘッジ手段を模索した結果といえます。
その他の避難先:
この他、米国債券市場にも逃避資金が流入し、10年物米国債利回りは4月上旬にかけて利回りを下げています。
安全資産への買いが進む一方で、原油など景気敏感な商品市況は需要減退懸念から下落傾向となり、現在も進行中です。
結論:総合的な見解と今後の見通し
関税ショックと支持層:
2025年のトランプ大統領による関税ショックは、米国発の政策リスクが瞬時にグローバル市場に波及する連鎖性を改めて浮き彫りにしています。
株式・為替から商品・暗号資産に至るまであらゆるマーケットが反応し、その影響は実体経済や外交関係にも広がりました。
グローバル化が進む世界経済にあって、米国株以外の国の株を買っていればリスク分散になるということはありません。アセットそのものを変え、分散させないとリスクヘッジできないということです。
今回は金、暗号資産、債券、通貨ならスイスフラン、円が買われました。円に関しては日米の金利政策の違いが反映されている面もあるので割り引く必要がありますが、これらのアセットの値動きは覚えておいてよいでしょう。
今後もボラタイルな相場が続きます。過度なリスクが不快であるならば、相場が落ち着いた今、分散させておくと良いでしょう。
関税強化は短期的には景気減速やインフレ再燃といった負の側面が懸念される一方、米国内では製造業回帰や交渉力強化につながるとの期待も混在するため、根が深いです。強く支持する層も存在するということです。
今後の展望:
今後の焦点は、この関税措置が恒久化するのか、それとも交渉のテコとして一部緩和・撤回されるのかにあります。
既に中国やEUは対抗措置を準備・実施しており、報復の連鎖がさらなる関税合戦(tit-for-tat)のエスカレーションを招くリスクがあります。
市場は当面、ワシントン発の追加制裁や緩和措置の動向に神経質にならざるを得ません。政治リスクが金融市場に与えるインパクトが注目されます。総じて、関税ショックは「政治と経済の結びつき」がトランプ政権下の今は極めて強い局面であることを証明した形です。
今回のショックは2年にわたって上げ続けた株式相場、やや高いところに直撃したためよりボラティリティが高いものとなりました。今後は、実体経済がどれだけ痛んでくるのかが注目されます。
そういう意味では、関税ショック前の反映である今決算を過信することなく、ポジションをリスク許容度に合ったものにしておくのが賢明と言えるでしょう。
ちなみに、ファクトセットの最新のレポートによると、今期企業決算では、S&P500構成企業の約3分の2が発表を終え、76%が予想を上回る利益を報告しています。堅調と評価してよいですが、いったんリセットして考える必要があります。
逆境はチャンスでもあります。事前に安くなったら何をいくらで買うか決めておき、良いアセットを淡々と積み増していくと考えればシンプルな市場に見えてくるのではないでしょうか。
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