地方交付税交付金マップからみる日本
地方交付税マップなるものがあり、これがなかなかに興味深いので改めてご紹介します。
寒色、つまり青は依存度がゼロか殆ど無いことを示します。これを見ると、見事に太平洋ベルト沿いと県庁所在地のみが青であることが確認できます。
対して赤をピークとする暖色は依存度が高いことを示します。依存度が高いところだと歳入が地方交付税交付金だけで5割を超えます。青のところは地方交付税の依存度が3割以下のところです。地方には殆どありません。
特に地方の町村はほとんど赤い、依存度の高い地域であることが分かります。
今の日本は東京→名古屋→大阪→広島→福岡という太平洋ベルトと、県庁所在地+県内2,3位の大都市が経済的に大きいということが一目瞭然です。
苦しいのは北海道が図抜けています。北海道の現在に日本の地方の将来を見ることができると言えなくもありません。
それから、仙台よりも北の東北、日本海側、山陰、紀伊半島先端部、高知、九州・日豊本線沿いも依存度が高いです。これは、先の経済的に大きい地域からの距離が第一の原因です。
もっと細かい地域、例えば神奈川県を見てもそうです。神奈川県での人口減少地域は静岡県境で山間部の箱根町、三浦半島先端部の横須賀市です。これらの地域はすでに不動産の値下がりという形で人口減少による影響が出ています。
日本の人口は戦後増え続けてきましたが、これは太平洋ベルト沿いや県庁所在地を基本としたもので、そこから外れている地域は実は戦後すぐ、かなり早い段階から人口が減り続けています。
地方の人口減少は今に始まった話ではない
地方の人口減少は今に始まった話ではありません。例えば、島根県を見てみましょう。島根県は県歌に90万の県民とうたっています。県歌制定時は100万人をうかがう勢いだったのですね。
しかし、その後人口減少の荒波が訪れ、今は67万人の人口です。
島根県はすでに1955年から減り続けているのです。そして、人口減社会では自前では産業が育ちにくいために、雇用が生まれません。そのため若者が都市部へ流出し、さらに人口が減るという悪循環になります。まさに島根県に限らず地方が直面してきた課題です。
そのような地方の市町村の多くは地方交付税交付金や国庫支出金などで収入の半分以上を中央に依存しています。地元だけの税収ではやっていけないのです。
それならば、経済規模を縮小すればよいのかもしれません。しかし、そこは非常に政治的であり、ある意味では情緒的な世界です。縮小ではなく、どうにかして維持をするという方向になります。
なぜなら、現在の一極集中型の日本経済のシステムでは、経済規模の縮小は更なる人口縮小、経済縮小を生むからです。
産業が無い地方都市は箱モノを作り、そこで雇用を創出します。そして維持費のためにますます赤字が嵩み、さらに中央に頼るということになります。ここから脱却するには企業誘致が有効ですが、これもどこでもどの産業でも呼べるわけではありません。
箱モノで雇用創出を図り、失敗し、破綻したのが夕張市です。
地域別の人口減少率を見ると、顕著に地域差がわかる
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/teizyu/pdf/080121_1_si3.pdf
総務省の地域別の人口減少率のレポートです。2000年から2025年までは地方中枢、中核都市から一時間圏外の人口減が突出して大きいことがわかります。
今現在過疎化が叫ばれる地域の人口減の様子が反映されていると言って良いでしょう。時々テレビや新聞で取り上げられる空家問題が顕在化しつつあるのがこの地域です。
実は私たちが直面する本当の、国レベルでの人口減社会の本格化はこれからです。今現在東京圏、名古屋圏はまだまだ実感されにくいところがあります。戦後増え続け、減少に転じたと言ってもまた数パーセントだからです。
しかし、もうすでに東京から遠い関西圏、さらにもっと遠いところから徐々に人口減社会の本格化は始まりつつあるのです。
国土交通省作成のレポートでは2030年を迎えるころには多くの地域で人口減に直面するということです。2050年ではほとんどすべての地域で減少します。しかもその減少率は東京でさえ今の過疎地域以上です。
本格的な人口減社会とはどのような社会になるのでしょうか。地方に頼られる中央政府はその依存に応えきれるのでしょうか。想像もつかない縮小社会が迫ってきています。
関連記事です。
人口減社会に備える生き方、資産運用の考え方ということで書いています。きちんとした備えをしていれば、恐れることはありません。
今ある富を、人口増加地域への投資に振り向け成長の果実を得るというのが米国株投資の根本の考えです。
老後2000万円問題は、今後ますます切実になるでしょう。すでに引退した世代よりも、現役世代のほうが資産形成が難しい時代を生きているからです。