たぱぞうの米国株投資

米国株投資ブログ。某投資顧問のアドバイザー。メディア実績/日経マネー・ヴェリタス・CNBC・ザイなど

窮地に陥った時に「凌ぐ」ということはどういうことなのか

窮地に陥った時に「凌ぐ」というのはどういうことなのか

 窮地に陥った時に「凌ぐ」というのはどういうことなのでしょうか。なかなか記事にするのも勇気のいることですが、読者の皆さんに何か役立つことがあるならばと思い、そのあたりについて今日は書いてみたいと思います。

 

 例えば、パートナーなど大事な人を失ったり、仕事で追い詰められたり、人間関係がうまくいかなかったり、そういう大変な状況というのは誰でもありうることです。調子のよい時は、全く想像がつかないかもしれません。

 

 しかし、多くの人にとって生きるということはそういうこともありうることなのです。順風満帆なことばかりが続くわけでないということです。

 

 かくいう私も就職をするまでは、あまりしんどい思いをすることなく過ごしました。もちろん、学生のころもそれなりに悩みはありましたが、その後のことを思うと、取るに足りない軽いものだったと感じるのです。

 

 社会に出て、仕事をし、家庭を持つ中で、厳しい思いをすることがありました。これは、学生時代とは全く違うものでしたね。しかし、長い目で見れば、それも含めて自分を成長させてくれるものだったということです。

 

 学生までの自分ならば、きっと人の苦しみや弱みに寄り添うような心は持てなかったでしょう。そういう意味では、よく言われるように「逆境また愛すべし」なのです。逆境というのは、長い目では人の心を豊かに、しなやかなものにしてくれると私は信じています。

 

 しかし、その渦中にあるときは、そんなことは言っていられないのです。まさに、「凌ぐ」ことが日々の最大の目標になってくるということです。

 

 さて、今回は父子家庭の方からご質問を頂戴しています。

大切な人が逝去して1か月、まさに「凌ぐ」日々を過ごしています。

 以前お問い合わせさせて頂いたHと申します。


 先月私の妻が一歳の子供を残して交通事故でこの世を去ってしまいました。やはり悲しみは壮絶で、感情の起伏も激しい状態です。


 たぱぞう様も同じ境遇だとブログを通して知っていたので、どのように乗り越えられたのか、何かアドバイスがあれば少しでも良いので教えて頂ければと思いご連絡しました。


 恐らく乗り越えられるものではないと思うのですが、これは時間が解決してくれるのでしょうか??


 一部生命保険金も入る予定で、子供のためにしっかり運用も含めて準備せねばと思うのですが、それが正しいのかも全く分かりません。


 たぱぞう様が以前「凌ぐ」という言葉を使われていましたが、まさにその通りで何となくやり過ごして凌いでいくしかない状態で辛いです。


 奥様を亡くされてから、何か気持ちの切り替えとなるようなきっかけはありましたでしょうか?


 全くまとまりのない文章になってしまって恐れ入りますが、何かアドバイスを頂けないでしょうか。

乗り越えるということはなく、受け入れ共存していくということになる。

 もうすでにお気づきかもしれませんが、大きすぎる悲しみというのは、乗り越えることは非常に難しいですね。私も乗り越えようとした時期がありましたが、やはり難しく、受け入れ共存しています。

 

 私と前妻と子どもたちが最後に旅行をしたのは、熱海でしたね。拙宅から近いので、私たちは熱海をたびたび訪れており、よい思い出がそれ以前にもありました。そのため、遺言の1つに熱海の海に骨の一部を撒いてほしいということがありました。熱海の海ならば、いつでも残された私たちが会いに来れるということからです。

 

※実際には散骨は法令に則らないとできません。

 

 実際に、熱海を通るたびに、泊まったホテルや海を見て、思い出しますね。この時の感情というのは、乗り越えるとかそういうものではないですね。ただ、残されたものとしては、前を向いていかなくてはいけないのです。何があっても、明日はやってきますし、子どもがいますからね。

 

 逝去後しばらくして熱海に最初に行ったときには、思いもかけない感情の起伏がありました。そのことに私自身が非常に驚きました。もう、乗り越えたと思っていたのですね。この時に、乗り越えるという発想ではなく、共存していくということ、一生背負っていく経験となったことを知りました。

思い出深い、熱海の海と景色

思い出深い、熱海の海と景色

 ただ、これはなにも私たちだけでなく、人は誰もが多かれ少なかれそのような「何か」を抱えて生きているのだと思います。そして、時間というのは確実に感情を穏やかなものに、共存しやすいものに変えてくれます。

 

 私の経験で語ると、今が一番しんどい時かと思います。1か月では人は変化を受け入れられないのです。とにかく、家族や友人にしんどさを伝えることです。可能ならば、実家に戻って子育てを手伝ってもらっても良いでしょう。無理せず、人の助けを得ながら凌ぐことで1年後、3年後、5年後、また違った景色が見えてきます。

 

 今回、私のブログに書き込んだように、「しんどい」「きつい」ということを周りに伝えると良いですよ。話すことや伝えることで心が多少楽になることもあるのです。また、生活上助けてもらえることもあるでしょう。離乳はもうしているころでしょうか。おむつ替えや離乳食がまだ大変かもしれませんね。

 

 今日という1日を無事に終えて、また明日を迎える。その繰り返しで徐々に今よりも落ち着いてきますよ。仕事をして、お日様を浴びて、汗をかく、今まで通りの生活を徐々に取り戻すことが日々の目標になってきますね。

 

 劇的に気持ちが楽になることはしばらくはありません。しかし、時間という日々が今よりも感情を落ち着いたものにしてくれるはずです。あとは、メールした通りです。とにかく、凌いでいきましょう。

 

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