たぱぞうの米国株投資

米国株投資で人生の選択肢を増やすという提案です。某投資顧問のアドバイザーをしています。

年賀状をやめたことによるメリットデメリット

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年賀状をやめることと投資の関係

 年賀状というのは投資脳をちょっと刺激するところがあります。

 年賀状には「みんながやっているからやる」という性格があるからです。この、「みんながやっているからやる」ことを疑うのは投資においても生かされる視点です。

年賀状をやめました。

 果たしてみんながやっているから良いものなのかどうか吟味が必要ということです。年賀状もそうした側面があるのではないでしょうか。私も多分に漏れず、30年近く年賀状を書いてきました。

 

 仕事を続けていると、学生時代のみならず仕事関係の年賀状が積み上がり、気が付けば200枚以上書くことになっていました。そうなると一言コメントも作業でしかなく、「今年は会って飲めると良いですね」「またテニスしましょう」など、大変失礼ながら空疎な言葉を書き連ねることになります。

 

 飲みたいならば直接誘えばよいし、テニスをしたいならば企画をすればよいのです。そういう思いがあり、生活が介護・育児・仕事・家事で大変になったときに「やめます、ちょっと無理になりました」と宣言をしました。そうしてすっぱり年賀状をやめたのは今から4年前になります。

 

 4年を経過しましたので、そろそろ評価しても良いかと思い、あえて記事にすることにしました。

年賀状をやめたことによるメリット

 年賀状をやめて得られたことをまとめておきます。

  1. 年末年始に時間ができた
  2. お金ができた
  3. 人間関係を見直すきっかけになった

年賀状をやめて、年末年始に時間ができた

 実は私が欲しかったのは年末年始の時間でした。年賀状を書くのをやめたので、年賀状に充てる時間がそのまま自分の時間になりました。年末年始独特の空気感が好きでしたが、それを堪能する時間が少ないのが悩みでした。しかし、今は違います。

 

 年賀状受信・送信や忌中のデータ更新をする必要もなく、インクを買いに行くことも無く、一筆添える必要もない。その時間はblogを書いたり、音楽を聞いたり、運動をしたり、本当に自分のやりたいことに時間を割けるようになりました。

年賀状をやめて、お金ができた

 年賀状をやめて、プリンターがいらなくなりました。どうしてもプリントしたいものはコンビニでプリントをしています。維持費も含めてプリンターは今の生活では必要なく、以前は年賀状のためにインクボトルを買うようなところもありました。

 

 今はコンビニでプリントできます。プリンターを無くして、プリンターに関わる諸経費も無くなりました。それから大きなプリンターを置いておくことも無くなりました。これだけ電子化された世の中にあって、家庭用のプリンターは必要ないと私は思っています。お金と場所を取るからです。

 

 また、約200枚×年賀状代62円=12400円。これが浮きました。

 

 うちの親族は正月に集まります。その時にこだわりのお酒を持っていくことにしました。普段飲めないような美酒を特別な日にお世話になっている親族と飲む。年賀状のかわりに、そのことにお金をつかうようにしました。

 

 バレンタインデーや恵方巻、ハロウィンなど日本には「みんながするからする」という同調圧力を利用したビジネスが非常に多いです。その多くは本来の目的からかけ離れた商戦になっており、どれに踊ってどれを見守るかという取捨選択をしたいと思っています。

 

 イベントというのは楽しいですが、全部に付き合う必要は無いのです。富裕層を除いて、普通の家ならばお金がいくらあっても足りません。時間も足りないですね。

年賀状をやめて、人間関係を見直すきっかけになった

 人間関係というのはメンテナンスが必要で、時々連絡を取ったり、会ったりしないと風化していきます。人はこの風化を恐れて年賀状を送ったり、携帯のメアドや番号を変えなかったりします。

 

 私も昔は「ぱったりと連絡が取れなくなる」ということに対する漠然とした不安を持っていました。しかし、今は携帯番号さえ変えなければLineなどであっさりとつながれます。

 

 また、どうしても連絡を取りたい相手ならば、友人のつてをたどればなんとかなるものです。逆に言うと、年賀状をやめて切れてしまう人間関係というのは、それだけの関係だということです。これはキャリア携帯から格安SIMに変えて、携帯メアドが変わってしまうときにも感じました。

 

 人生において残された時間は有限です。誰と会い、どのような場を大事にするかというのを考えて生活していきたいと思っています。

 

 ただ、年賀状だけで繋がっている大切な人もいます。年配のお世話になった人や、私の人生において大きな影響を与えたような人です。そういう方はご高齢でSNSをされてていないことが多く、数名の方に年賀状を出しています。年賀状の体裁ですが、文字だけで構成しているので、実質お手紙のようなものですね。

 

 年賀状をやめたことで、年賀状でしか連絡を取れない大切な人に時間を割くことができるようになりました。

年賀状をやめたことによるデメリットはないですね。

 正直全くデメリットはありません。だいたい多くのことはメリットとデメリットという二面性があるのですが、年賀状に関しては全くないというのが4年間の評価ですね。

 

 お金や時間というのは人生を豊かにする大切なリソースです。このリソースをどのように振り分けていくのかという視点が大事です。ややもすると、「みんながやっている」という薄い根拠でやりたくないことにリソースを割いてしまうことになります。

 

 所得が減り、時間もない。私たちはこういう現代社会を生きています。それでも限られたリソースをうまく分散していくことで納得のいく豊かな毎日が送れるようになる。

 

 私はそう思っています。身の回りの「みんながやるからやる」という同調圧力を疑うこと。それがその一歩であると確信しています。

 

 年賀状は改めてそのことを教えてくれました。

 

関連記事です。

  時間とお金と気力というリソースをどう振り分けるかという話です。

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  100年生きるかどうかは別にして、労働年齢の引き上げ、年金支給の後ろ倒しは国策と言ってよいでしょう。70歳まで働くのは既定路線になりつつあり、より自立した人生設計が求められる時代になっています。 

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  年賀状に「楽しさ」や「やりがい」を感じるならばそれはやるべきですね。私の場合は作業になってしまいましたのでやめちゃいました。文章を書くことは好きですが、年賀状はもともと向いていなかったということです。

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